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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(オ)165号 判決 1977年1月31日

上告人 株式会社高知放送

右代表者代表取締役 西本正三

右訴訟代理人弁護士 隅田誠一

被上告人 塩田正興

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人隅田誠一の上告理由第一及び第二について

就業規則所定の懲戒事由にあたる事実がある場合において、本人の再就職など将来を考慮して、懲戒解雇に処することなく、普通解雇に処することは、それがたとえ懲戒の目的を有するとしても、必ずしも許されないわけではない。そして、右のような場合に、普通解雇として解雇するには、普通解雇の要件を備えていれば足り、懲戒解雇の要件まで要求されるものではないと解すべきである。

本件についてみると、原審が確定した事実によれば、被上告人は、上告会社の編成局報道部勤務のアナウンサーであったところ、(一)昭和四二年二月二二日午後六時から翌二三日午前一〇時までの間ファックス担当放送記者黒川務と宿直勤務に従事したが、二三日午前六時二〇分頃まで仮眠していたため、同日午前六時から一〇分間放送されるべき定時ラジオニュースを全く放送することができなかった(以下「第一事故」という。)、(二)また、同年三月七日から翌八日にかけて、前同様山崎福三と宿直勤務に従事したが、寝過したため、八日午前六時からの定時ラジオニュースを約五分間放送することができなかった(以下「第二事故」という。)、(三)右第二事故については、上司に事故報告をせず、同月一四、五日頃これを知った小椋部長から事故報告書の提出を求められ、事実と異なる事故報告書を提出した、そこで、上告会社は、被上告人の右行為は就業規則所定の懲戒事由に該当するので懲戒解雇とすべきところ、再就職など将来を考慮して、普通解雇に処した、というのであり、なお、上告会社の就業規則一五条には、普通解雇の定めとして、「従業員が次の各号の一に該当するときは、三〇日前に予告して解雇する。但し会社が必要とするときは平均賃金の三〇日分を支給して即時解雇する。ただし労働基準法の解雇制限該当者はこの限りでない。一、精神または身体の障害により業務に耐えられないとき。二、天災事変その他已むをえない事由のため事業の継続が不可能となったとき。三、その他、前各号に準ずる程度の已むをえない事由があるとき。」と定められていた、というのである。右事実によれば、被上告人の前記行為は、就業規則一五条三号の普通解雇事由にも該当するものというべきである。

しかしながら、普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである。本件においては、被上告人の起こした第一、第二事故は、定時放送を使命とする上告会社の対外的信用を著しく失墜するものであり、また、被上告人が寝過しという同一態様に基づき特に二週間内に二度も同様の事故を起こしたことは、アナウンサーとしての責任感に欠け、更に、第二事故直後においては卒直に自己の非を認めなかった等の点を考慮すると、被上告人に非がないということはできないが、他面、原審が確定した事実によれば、本件事故は、いずれも被上告人の寝過しという過失行為によって発生したものであって、悪意ないし故意によるものではなく、また、通常は、ファックス担当者が先に起きアナウンサーを起こすことになっていたところ、本件第一、第二事故ともファックス担当者においても寝過し、定時に被上告人を起こしてニュース原稿を手交しなかったのであり、事故発生につき被上告人のみを責めるのは酷であること、被上告人は、第一事故については直ちに謝罪し、第二事故については起床後一刻も早くスタジオ入りすべく努力したこと、第一、第二事故とも寝過しによる放送の空白時間はさほど長時間とはいえないこと、上告会社において早期のニュース放送の万全を期すべき何らの措置も講じていなかったこと、事実と異なる事故報告書を提出した点についても、一階通路ドアの開閉状況に被上告人の誤解があり、また短期間内に二度の放送事故を起こし気後れしていたことを考えると、右の点を強く責めることはできないこと、被上告人はこれまで放送事故歴がなく、平素の勤務成績も別段悪くないこと、第二事故のファックス担当者山崎はけん責処分に処せられたにすぎないこと、上告会社においては従前放送事故を理由に解雇された事例はなかったこと、第二事故についても結局は自己の非を認めて謝罪の意を表明していること、等の事実があるというのであって、右のような事情のもとにおいて、被上告人に対し解雇をもってのぞむことは、いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできないと考えられる余地がある。したがって、本件解雇の意思表示を解雇権の濫用として無効とした原審の判断は、結局、正当と認められる。論旨は、ひっきょう、右判示と異なる見解に立って原判決を非難するものであって、採用することができない。

同第三について

本訴においては、被上告人に対する解雇の効力、すなわち被上告人が上告会社の従業員たる地位を有するかどうかが争われ、被上告人の勤務場所がどこであるか、また被上告人の勤務場所が雇用契約の内容とされていたかどうかについては、当事者間で争われた形跡がなく、その確定がされていないのであり、このような本訴の経過に照らせば、原判決が維持した第一審判決の主文第一項は、被上告人が上告会社の従業員たる地位を有することを確認したにとどまり、所論の部分は、本件においては、単に被上告人の解雇時における所属を便宜的に付記したにすぎず、法律上、特段の意味をもつものではないと解すべきである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田 豊 裁判官 本林 譲)

上告代理人隅田誠一の上告理由

第一原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな解雇の自由についての法令の解釈適用を誤った違法がある。即ち、

(一) 本件解雇は、懲戒解雇ではなく、普通解雇である。

被上告人には就業規則第四十八条所定の懲戒事由が存在することは、原判決及びその引用する第一審判決(以下単に原判決という)もこれを認めるところであるが、上告人としては、被上告人を懲戒するのが目的ではなく、同人との雇用関係を消滅させれば、目的を達するので、懲戒解雇により、被上告人の蒙る不利益をも考慮して、普通解雇としたものである。蓋し、懲戒処分として即時解雇すれば、被上告人は解雇予告手当等の受給資格を失うばかりでなく、対外的にも著しい不利益を受け、再就職等にも、支障をきたす恐れがあり、上告人としても、そのような不利益を被上告人に負わせることは、忍びないことでもあり、又、会社の目的とするところでもないので、かような不利益を避けるため、普通解雇の方法により予告手当をも提供した次第である。

この点につき、原判決も「一般に就業規則所定の懲戒事由の存する場合形式上懲戒処分たる懲戒解雇に処することなく、普通解雇に処することは、その実質が懲戒処分であったとしても、必ずしも許されないものではない」としてこれを肯定している。

(二) 然るに原判決は、就業規則に軽重数段階の懲戒処分の種類が定められている場合において、そのいずれを選択すべきかについては、一応使用者の自由な裁量に任されてはいるものの、その恣意的な選択が許されないのと同様に、使用者が実質的には懲戒の趣旨を以って労働者を普通解雇に処する場合においても、それが社会通念上是認し得ない程度に客観的合理性を欠く場合には解雇権の濫用として許されず、而して、いかなる場合に濫用に当たるかは、当該解雇の動機、目的、被解雇者の行為、情状を綜合して判断すべきであり、当該労働者を是非とも企業外に放逐しなければ到底企業秩序を維持し得ない場合には格別、その程度に至らない場合には、特段の事由がない限り解雇は客観的合理性を欠くものである、との前提に立ってこれを本件普通解雇に適用し、解雇権の濫用に当たる旨結論している。

(三) 然ながら、いやしくも本件解雇が普通解雇である以上、使用者は労働者に対して自由に解雇の意思表示をなし得るのが原則で、解雇事由の存在、解雇に至るまでの経過、その他諸般の状況から解雇権の行使が、形式上は権利の行使でありながらも、使用者に格別の利益をもたらすものではなく、労働者に対する害悪その他不当な目的を達するためなされたとかその他労使間に存する信義則に反するものと認められる事情が存在する場合にのみ私権行使一般に通ずる原理である権利濫用の理論によって、その効力が否定されるにすぎないものと解すべきである。

(四) かような観点から、原判決認定の事実に則して、被上告人の本件各行為を見てみるに、いずれも従業員としての労働契約上の義務に違反するばかりでなく、就業規則所定の解雇事由、懲戒事由にも該当し、その職務並びに結果の重大性、違反行為の情状に照らすと、本件放送事故はいずれも偶発的な過失行為にすぎないものとして事を処理し、被上告人に今後も継続してアナウンス業務を任せることは、敢えて上告人に限らず使用者としては誰しも到底堪え難いところ(被上告人は最初からアナウンサーの募集に応じて採用せられ、その教育も受けた専属のアナウンサーである)であるから、解雇せざるを得なかったもので、就業規則とは関係なく、使用者が本来的に有する解雇の自由の範囲にも属し、何等解雇権を逸脱し、濫用にわたるものではない、と解すべきである。

第二原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな懲戒解雇の制限についての法令の解解、適用を誤った違法がある。即ち、

(一) 仮に本件解雇が普通解雇の形式をとっていても、実質的には懲戒処分であるから、懲戒解雇の法理に遵うべきである、との見解に立つとしても、原判決の前記解雇権の濫用に関する解釈、即ち、当該労働者を是非とも企業外に放逐しなければ到底企業秩序を維持し得ない場合は格別、その程度に至らない場合には、特段の事由がない限り解雇は客観的合理性を欠き、解雇権の濫用に当たる、とするが如きは使用者の懲戒に関する裁量権の範囲を不当に制限するもので、この点については、使用者が懲戒権を発動するかどうか、又、懲戒処分のうち、いずれの処分を選ぶべきかを決定することは、その処分が全く事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか、若しくは、社会観念上著しく妥当を欠き、使用者に与えられた裁量権の範囲を超えるものと認められる場合を除き、使用者の裁量に任されているものと解するのが相当で、同趣旨の昭和三二年五月一〇日最高裁第二小法廷判決とも相反するものである。

(二) かゝる見地から本件を検討してみるに、客観的にみても、被上告人のなした本件事故内容は、あまりにも重大で、対外的には会社の信用を著しく失墜し、アナウンサーとして致命的であること、又、被上告人の仕事の公共的使命に対する認識の欠如、無責任さが、二週間以内に再度にわたって、同一の重大事故を起すという、前代未聞の行為となって現れたもので、上告人としては今後も心配で、被上告人にアナウンス業務を任すことはできず、しかも他に格別宥恕するに足る事情も存在しなかったのであるから、就業規則第三三条第一号、第一二号、第四八条第一、二、四、六号、第四九条第五号の各懲戒事由に該当し、職場における経営秩序の維持と、正常な業務の運営を確保するため、やむなく被上告人を解雇するに至ったもので、正に使用者の有する前記裁量権の範囲に属するものというべく、何等客観的合理性を欠くものではない。

第三原判決は、被上告人が単に上告人会社の従業員たる地位の確認にとゞまらず、更に進んで、上告人会社の「編成局報道部勤務」の従業員たる地位の確認までしているが、「編成局報道部勤務」の如きは、特定の法律関係をもつ地位を表示するものではないから、これが確認請求は、法律上の利益を欠くものとして、却下すべき筋合いのものであり、原判決はこの点についても、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるものというべきである。

以上

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